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「展望は見えない。未来は無い」

 「仕事が決まってからでないと、展望が見えない」。2010年3月末に、茨城県内の建設会社の経理職を解雇された古谷徹さん(仮名・30)は、今の心境を明かしました。

新卒時の「つまづき」が尾を引く


 古谷さんは公務員志望で、地方の国立大学在学中に公務員試験を受けたのですが合格できず、卒業後の就職先が決まらないまま大学を卒業しました。当時はまだ「就職氷河期」から雇用状況が好転していない時期だったので、大卒の正社員求人は多くなく、多くの学生が公務員試験に集まるなど、公務員就職は「狭き門」でした。卒業後はホームセンター(時給760円)や家電量販店の裏方業務(時給850円)のアルバイトを経て、派遣会社に登録。住宅販売会社相談室のコールセンター(時給1200円、交通費込み)で2年間勤務しました。

 派遣期間が終わった後で公務員の試験勉強をしたものの、筆記試験は受かっても面接試験で落ちるなど、なかなか公務員の就職はかないませんでした。2007年4月に職業訓練を受けたのですが、民間企業の正社員の求人が少ないため就職できず、08年に再度公務員試験の勉強をして、市役所の採用試験を受けたのですが、1次試験は受かっても2次試験に落ちてしまいました。

正社員になれたけど…


茨城反貧困メーデー2010

茨城県つくば市で5月1日に行われた「茨城反貧困メーデー」

 このため、09年には簿記の職業訓練を受けて簿記を勉強し、ハローワークで求人を探した結果、建設会社の経理として正社員採用されました。しかし、ハローワークの求人では「時間外残業なし」と表記されていたのに、実際は月50時間の残業で、残業代が支払われないサービス残業を強いられました。会社側は「数字のミス」を口実に、解雇の2日前に解雇通告し、2日後に解雇しました。解雇された古谷さんは茨城不安定労働組合(茨城不安労)に相談し、現在会社側と団体交渉中です。

 古谷さんは「(会社の上層部が)『気に入らなかった』としか思えない」と、不条理な解雇に怒りつつ「企業は(従順な)ただの労働者を求めているわけであって、(労働法規などの)知恵を付けた人は避ける傾向にある」と説明しました。

「将来が考えられない」


茨城反貧困メーデー2010

東京都新宿区で5月3日に行われた「自由と生存のメーデー」。作家の雨宮処凛さん(写真中央の女性)も参加。

 現在古谷さんは独身で、茨城県の地方都市に両親と祖母、弟と同居していますが、専門学校生の弟(23)も就職先を探す日々です。「『親』という『セーフティーネット』」が機能しているため生活困難に陥らずに済んでいるのですが、「『親』という『セーフティーネット』」が破たんした場合は、安定した仕事が見つからないまま生活困難に陥る可能性があります。

 なかなか就職先が決まらない古谷さんに対し、父親はあまり言わないのですが、母親が「早くしないと将来が」と不安を口にします。「学生のときは、新卒を前提に『将来のこと』を考えていた」古谷さんですが、「今は考えられない。未来が無い」と、将来に希望が持てない状態です。今まで希望が裏切られた経験が重なったことから「希望を持ちすぎるのもどうかな…」と、悲観的です。

「ブラック企業」でもいいのか?


 正社員求人が少ない現状のため、正社員以外にも契約社員を視野に就職活動をしている古谷さんですが、「ハローワークの求人でだまされた」経験から「求人の質」を見極めたい古谷さんと、求人情報誌に「正社員」の求人があれば、片っぱしからマークを付けて応募を勧める両親との間に意識のズレが見られます。

 求人情報誌に掲載される正社員求人の割合は約半分以下で、他はパート・アルバイト、契約社員、派遣社員、業務請負など「非正規雇用」が多くを占めています。また、非正規雇用の求人でも「正社員登用の道あり」と記載されている例が見られますが、実際に非正規労働者から正社員登用されるのは、厳しい条件下での競争で業績を上げた人くらいで、残りの多くは契約期間終了とともに解雇される「使い捨て」です。中には、「正社員」で求人したものの社会保険に加入させない「名ばかり正社員」で働かせる企業や、過大なノルマを押し付けて「成績不良」を口実に即日解雇をする「使い捨て雇用」の企業、劣悪な労働条件で過重労働をさせて過労死するまで働かせる企業など、「ブラック企業」と呼ばれる悪質な企業が数多くあります。

 「いくら正社員でも『ブラック企業』で働いて、(自分の)命が危ない。それでもうれしいのか」、と、「求人の中身」を考えない両親に疑問を示しています。

また、現在の「滅私奉公」を求める日本の企業風土や労働環境についても「自分は『生活のための労働』と思っているが、日本では『労働のための生活』と逆転している。『生活のための労働』にしないといつまでたっても解決しない」「いくら仕事が増えたところで、非正規の仕事ばかり増えても意味がないのでは?」と、企業側に意識を変えるよう求めています。

 このほか、同世代やその下の世代に対し「新卒からストレートで正規雇用で採用されると『自分はすごい能力がある』と勘違いしがち。だけど変な所(企業)に入ってすぐ辞めたのでは元も子も無い。仕事は安易に選んではダメ」と、警鐘を鳴らします。

「テロ」より「デモ」で変えていく


 6月下旬に広島県のマツダ本社工場周辺で、元期間従業員の男(42)がマツダ製自動車で従業員らをはねて、正社員含む12人が死傷した事件については「(怒りを向けるべき)相手が違う」と、元期間従業員を批判しました。新聞報道によると元期間従業員は広島県警の調べに対し、2008年6月に東京・秋葉原で元派遣社員の男(27)=現在公判中=が、「自動車工場での派遣雇用契約を解除された」などの理由で歩行者天国にトラックで突入し、一般市民ら17人を死傷させた「秋葉原事件」をまねしたといいます。「秋葉原事件」以降、派遣労働の問題点や「若者の生きづらさ」が注目された半面、若者の雇用・労働問題にたずさわってきた関係者からは「合法的なデモより、非合法のテロじゃないと社会は動かないのか」といった嘆きの声が上がりました。

 しかし、今年の5月上旬には東京や茨城県つくば市など全国各地で「インディーズ系メーデー」と呼ばれる、非正規労働者の若者を中心としたメーデーが行われ、5月16日に東京・明治公園で開かれた「全国青年大集会」には全国から約5200人の若者が参加して労働環境の改善を訴えるなど、若者たちが「生きづらい社会」に異議申し立てをして、社会を変えていこうと努力しています。

【元・常陽新聞記者 崎山勝功】

(「月刊まなぶ」2010年9月号掲載。日付、肩書きなどは掲載当時のまま。)