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特集

労災隠しに低賃金

苛酷な日雇い派遣の実態、県内でも

反・貧困デモ

「妊娠したからって解雇しないで」のプラカードを掲げる参加者=東京都新宿区の路上

 10月19日に東京都新宿区の明治公園で「反貧困世直しイッキ!大集会」(反貧困ネットワーク主催)が開かれ、本県からの参加者を含めて全国から約2000人が集まり、「仕事をよこせ」「残業代を払え」「若者を使い捨てにするな」などと訴えて都内をデモ行進した。県内でも7月26日には水戸市で貧困問題に関する集会が開かれたほか、10月26日にはつくば市内で労働問題の専門家を招いて、日雇い派遣問題についての勉強会が行われるなど、格差社会問題への関心が高まっている。

 とりわけ「格差社会」の象徴でもある、派遣労働者の抱える問題の周辺について取材した。(崎山勝功)

派遣の仕事にも自前の移動手段が必要


雨宮処凛

「反・貧困」デモに参加する作家の雨宮処凛さん(写真中央の女性)=東京都新宿区の路上

 午前7時ごろの県南地方のJR駅前。駅近くに停めてある人材派遣会社が用意したマイクロバスに、カバンを持った10代後半から40代の男女が乗り込む。全員が乗車したのを確認すると、バスは県西地方の工業団地へと向かった。

 バスが工業団地内の物流倉庫に到着すると、乗員は全員降りて仕事先へ行った。中にはマイカーやバイクで直接仕事先へ向かう派遣労働者も多い。この現場では、倉庫内の品物を注文通りに棚から取り出して仕分けする「ピッキング作業」が行われている。

 実働8時間で時給900円、1日の給料は7200円だが、交通費は無支給。集合地点までの電車代や仕事先へのマイカーのガソリン代は自己負担だ。税金を差し引くと手取り額は1日7000円前後となるが、交通費負担を考慮すると実質6000円程度だ。自宅から派遣場所が遠くなればなるほど、交通費負担が増えて実際の手取り額は減少する。

 この派遣会社から紹介される仕事の多くは、マイカーなどの自分での移動手段を求められ、送迎バスを用意してくれる現場はわずかだ。派遣会社に登録している派遣労働者の間では「仕事を多く回してもらいたかったら、10万円くらいの中古車、最低でも50㏄バイクを用意したほうがいい」と言われている。都内在住の日雇い派遣労働者と違い、移動手段を持っている派遣労働者のほうが、電車や路線バスの無い遠方の工業団地などの現場に派遣されるなど、多く仕事を回してもらえる反面、移動手段を持たないと仕事がもらえない事情がある。

失業保険さえ無い派遣労働者


湯浅誠

「反・貧困」デモの先頭に立つ「自立サポートセンター・もやい」の湯浅誠事務局長(写真左端の男性)=東京都新宿区の路上

 日雇い派遣労働者には、日々違う現場に派遣される「スポット派遣」と、同じ現場に毎日派遣される「定番」の2種類があるが、派遣先からの仕事が無ければ収入を失うのは共通している。

 派遣先からの求人数の依頼が多い場合は、それなりに仕事が派遣労働者に回るが、派遣先の都合で求人依頼が少ない場合は「干される」状態に置かれる。

 東京・山谷地区や大阪市西成区(釜ケ崎)などに住む日雇い労働者の場合、「雇用保険日雇労働被保険者手帳」(通称・白手帳)という失業保険の手帳を持っているケースがあるが、派遣会社に登録している日雇い派遣労働者の場合では、持っている事例はほぼ皆無と言ってよい。

 厚生労働省のホームページで告知はしてるが、なかなかハローワークで交付されにくく、日雇い派遣労働者の支援者によると「全国でも持っているのは4人程度」という。交付が進まない理由として「野宿者ネットワーク」の生田武志さんは「厚生労働省は『日雇い派遣の中には、学生、主婦がいるので、交付が難しい』と主張している」と語る。

まん延する派遣労働者の労災事故


 2007年7月12日午後4時ごろ、人材派遣会社「フルキャスト」(本社・東京都渋谷区)の下館支店(現在は閉鎖)に登録していた派遣社員(当時18)が、派遣先の筑西市内の工場で作業中に資材が倒れ、左足を骨折するけがを負ったが、当時の下館支店長(31)が筑西労働基準監督署に対して労災事故発生の際に「労働者死傷病報告」を行わなかった。

 筑西労基署は08年9月1日付で、労働安全衛生法違反の容疑でフルキャストと元支店長を水戸地検下妻支部に書類送検。フルキャストは不起訴処分となったが、元支店長は略式起訴され、下館簡裁から罰金の略式命令を受けて10月21日までに罰金を納付した。

 フルキャスト広報担当によると「(労災事故は)フルキャストで対応していたが、事業停止などがあり(筑西労基署への)報告が遅れた。報告は労基署に出した」と、あくまでも「報告遅れ」と説明。また同社広報は「法令遵守の徹底」を強調するが、元支店長については「罰金は個人持ち」と、元支店長個人の責任としている。

 茨城労働局によると、県内で07年度に発生した労災事故2993件中、派遣労働者の労災事故は105件に上り、今年5月末現在ではすでに46件も発生しているが、これらの数字はあくまでも県内の各労基署に届け出があった分で、届け出の無い「労災隠し」された労災事故については把握しきれていない。

 また、東京都内でフリーターや派遣労働者を支援している関係者の間では、派遣労働者の労災事故が労基署に報告されるのは「氷山の一角」とも言われている。

 「労災隠し」の手法としては、労災そのものを届け出なかったり、発生場所をごまかすなどの虚偽の内容での届け出がある。この場合、労災でけがをした派遣労働者は治療費を自己負担して治療をするが、「労働者が治療費の自己負担に耐えられなくなったことで労基署に相談する」(茨城労働局)ことで「労災隠し」が発覚する事例がある。

 「労災隠し」の背景には「派遣会社や派遣労働者の遠慮がある」とされるが、派遣会社は派遣元企業からの契約が切られるのを恐れて労災を届け出なかったりする。また、派遣労働者の中には労災に関する知識が乏しくて派遣会社や派遣先企業の言いなりに自己負担させられる事例や、派遣労働者が労災を申請したくても、仕事を派遣会社から回してもらう「弱み」を握られているために、仕事を回してもらえずに無収入になるのを恐れて「泣き寝入り」をしている事例がある。

派遣労働者の相談窓口


 現在、派遣労働者やフリーターなどの非正規労働者の労働相談に応じる労働組合がある。

 主なところでは「首都圏青年ユニオン」(電話03・5395・5359、ファクス03・5395・5139、Eメールunion@seinen-u.org)や「フリーター全般労働組合」(電話・ファクス03・3373・0180、Eメール paff@sanpal.co.jp)などがある。職場でのトラブルなどの問題に対応しており、1人でも加入できるなど、非正規労働者にとっての「駆け込み寺」となっている。

(2008年11月2日付「常陽新聞」1面掲載。日付、肩書きなどは掲載当時のまま。)